人民拉致裁判宣伝扇動の究極の反人民性

 本日は8月6日の広島原爆投下70年の前日ということで広島に出向いています。この日に極右反動勢力がデモを行うということで原爆ドーム前に監視にも行きました。一方で高校生が核兵器廃絶の署名をしていたり、外国人が多数来場していたり、カウンター活動もあったせいか、原爆ドーム前で行う予定だった極右反動団体は元安橋に追い込まれたのみならず、「これは安保推進デモだ」との言い訳も働きました。仮に原爆ドーム前での環境が彼らにとってもっと良ければヘイトスピーチといわれる大暴言を吐いていたに決まっています。「何がヘイトスピーチだ」などの言い訳は、彼らが今まで働いてきた態度を考えるとまるで信用できないとしたものです。一方で日本帝國主義体制政権勢力の暴言は相次いでいます。武藤貴也逆徒による「戦争に行きたくない若者(SEALDs)は自分中心的、極端な利己的考え」なるツイートに続き、日本帝國防衛大臣中谷元逆徒による核・ミサイル兵器の自衛隊による輸送について可能性に含みを持たせる国会発言も出てきました。8月6日を前にますます国内の緊張が高まりそうです。

 さて、今年は第二次世界大戦終結70年ということで、例年にも増して8月の持つ意味が大きなものになっています。無益な戦争で命を落とした人々の無念は当然ですが、家族を失った人、ケガを負った人、また、兵士として敵兵士や民間人を殺害した人、生き残った人々にも深く大きな傷を残したのは言うまでもありません。戦争を望むのは一部の資本家だけとは良く言ったものです。彼らは現地で戦わないし、特権階級なので戦争の惨劇から最も物理的に遠い場所にいられる意味もあるのです。
 一部の資本家を除いて誰しも望まないのが戦争ですから、戦争をしたことそのものについては「全て間違っていた」というのがほとんどの人民でしょう。しかし、とりわけ第二次世界大戦の敗戦国である日本帝國主義体制はなおさらですが、勝利した連合国側とて「戦争は間違っていた」と言ってしまうと、現実に兵士あるいは民間人として戦死した人々に失礼だとの論理も働き得ます。そこで出てくるのが「日本帝國靖國神社擁護」の論理で、「国のために戦った英霊」として祭り上げることで体制が誤った選択をした件についてそれを否定しようとする勢力が出るのはある意味自然とはいえましょう。勝てば官軍、負ければ賊軍となる人間社会の残酷な現実もありますから、敗戦国である日本帝國主義体制が日本帝國靖國神社擁護の論理を世界に発信すれば、世界の大反発を食らうのは当然です。仮に連合国側が敗れていたとして、アメリカ合衆国帝國主義体制が軍人を擁護する姿勢を世界に発信すればアメリカ帝國主義体制が世界的批判を受けるとなるのです。
 戦争体制に真の意味で勝利するためには、どちらが制圧したかの勝利・敗戦の問題というよりも、制圧した側も制圧された側も、人を殺し合ってお互い深い傷を負った現実を見ない限り問題解決にはならないというものです。その際、制圧された側や侵略された側から制圧者や侵略者側に譲歩するのでは、真の意味で解決になりません。制圧者や侵略者の言いなりになるだけで卑屈な立場を貫く結果を招き、かえって自らの利益を失う事態に陥るからです。そして、制圧した側や侵略した側にも相応の被害は出ますが、そこで出てくる「日本帝國靖國神社の論理」が制圧された側や侵略された側をより深く傷つけることになります。日本帝國主義体制が自国民に対して働いた加害行為も「国家無答責」「受忍論」で何ら責任を取らない態度を見れば、他国民に対する態度がどうなるかは想像に難くないというものです。その上で、制圧者であるアメリカ帝國主義体制に対しては何らモノを言わない卑屈な姿勢を徹底しているのだから、日本帝國主義体制の外交態度は世界で嘲笑の的になって本来は然るべきところです。
 戦争の場合は、実際に敵兵士や民間人を殺した兵士が「戦争はよかった」などとはほとんど言わない現実があります。ところが、人民拉致裁判制度(裁判員制度)に加担した帝國主義者は、日本帝國主義侵略勢力とともに「裁判員制度を経験して素晴らしかった」などとの喧伝をしています。そんな感覚を持つのは実際にこのシステムに加担した人物のうちのほんの一握りで、多くはその経験を話したくない、あるいは、場合によってはストレス障害の被害に実際に遭うケースも多く出ています。郡山の死刑判決に加担させられた女性拉致被害者は「裁判員制度をなくしてほしい」と訴えているのに、日本帝國メディアはこれを悪辣に歪曲して「裁判員制度の見直しを訴えている」などと虚偽の報道をしています。本日は原爆被害者の声を聴く集会にも出向いてきましたが、その中で、一人の原爆被害者の証言として、自分の親族は現在も存命だが世間に向けて声を一切発しないとも述べられています。人民拉致裁判加担者による人民拉致裁判制度翼賛宣伝は、戦争で言えば「戦争で人を殺して良い経験ができた」「原爆を浴びてよかった」と言っているようなものだから、最早論外としか言いようがありません。

 なお、日本帝國主義体制下での新たな蛮行政治糾弾ページを作成しました。人民拉致裁判制度(裁判員制度)糾弾世界的圧力喚起はこちらのページで徹底的に続けます。さらに、過疎地切捨て定数変更糾弾(反一人一票実現国民会議)日本帝國JAL・JR西日本・JR東海不買運動環太平洋帝國主義侵略的経済連携協定(TPP)参加阻止運動人民抹殺ボタン(共通番号・マイナンバー)制度導入阻止運動原発全廃実現運動拉致失踪合法化・対米追従売国法廃止運動集団的世界侵略権(集団的自衛権)再禁止実現運動日本国憲法破壊策動糾弾運動人民搾取税糾弾運動も継続します。

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