究極の事件で浮かび上がった大矛盾

 本日から日本帝國主義体制新潟地裁で、新発田市での強姦致死事件などについての人民拉致裁判(裁判員裁判)が始まりました。この裁判では別の強姦事件なども扱われることになっていますが、この裁判以外で周辺地域での女性不審死亡事件が数件あり、関連も調べられているとのことです。本日から行われる裁判で扱われる事件は、被害者の死因が不明確のために殺意を立証できないとの理由で殺人罪の適用が見送られた経緯もあります。周辺女性の不審死事件などこれらの事件が仮に全部殺人罪で起訴されていれば死刑適用も考えられる事案ですし、裁判も複雑長期化することは間違いありません。現在継続中の尼崎事件でも結局は一人たりとも死刑判決が出ないまま幕引きになりそうなムードです。人民拉致裁判制度をめぐるこんな実態が続出しては、社会正義だとか法の安定性といった問題云々よりもこの政策の存在を死守するためであれば何でもあり、というおかしな論理がまかり通っているとしか言いようがありません。

 さて、日本帝國主義体制弁護士会内で死刑事件弁護に関するマニュアルが出回っていることについて日本帝國主義メディアの大半が報道しています。中には「波紋を広げる」などという表現が使われた報道機関が出たり、多くのメディアで被害者加担裁判制度に肯定的な自称有識者のコメントを使うなど、ほとんどの日本帝國メディアがこのマニュアルを悪者扱いしています。驚くべきはこのマニュアルに関してですが、他の日本帝國主義メディアに先駆けて信濃毎日新聞がこんな社説を掲載したことです。信濃毎日新聞といえば松本サリン事件報道冤罪の最大の主犯格であるのに、その問題の反省をまるでしないまま報道冤罪をより助長させかねない扇動を働いたのだから極めて罪が重いという他ありません。
 刑事裁判において「犯罪被害者の人権」をより強く主張することがあると、これは冤罪の可能性をより高め刑事裁判の鉄則を根本から覆す事態になりかねません。人民拉致裁判制度対象ともなる凶悪事件については特にですが、犯罪被害者参加を否定することについて日本帝國メディアが一斉に糾弾する姿勢の報道をしたことは、日本帝國主義社会全体での刑事裁判の人民レベルでの認識そのものについて根本から問いたださねばならない、とさえ言えます。日本帝國主義社会全体での刑事裁判に対する認識について根本から誤っている中で、重罪事件裁判に善良な市民を強制的に加担させる人民拉致裁判がまかり通ってしまうと、あり方が根本から間違っている刑事裁判に市民を加担させることにつながり、これは社会全体を根本からゆがめることにつながります。上記の信濃毎日新聞社説ではオウム真理教事件について触れていながら松本サリン事件の件には目をつぶっているのだから確信犯というべき内容です。
 実際の死刑求刑裁判でどんな事態が起きているかといえば、裁判に加担させられた女性拉致被害者がストレス障害を発症した郡山での死刑判決裁判と同時期に、広島でのお好み焼き屋での強盗殺人事件裁判で死刑求刑・無期懲役というケースがありました。この2つの裁判はともに1つの事件で2人が殺害される強盗殺人事件でしたが、大きな違いは、裁かれた男性が罪状を認めていたか否認していたかです。広島の案件では全面否認で無期懲役、郡山では情状酌量を求めて死刑でした。実際に裁判に加担する人民側からは「凶悪事件では情状酌量を求めてきても許さない、でも、もし相手が否認している場合、仮に冤罪だったら死刑判決を出すのは戸惑う」という心理的ブレーキがかかる意味もあります。この傾向は人民拉致裁判になったからこそ顕著に傾向として出ていて、上記の2つの例以外にも、同時期に裁判の行われた岡山と千葉での1人死亡ながら凶悪な強姦殺人事件にて、岡山では罪状を認めた男性に死刑判決、千葉では罪状を否認した男性に無期懲役判決が出ているのです。裁判に加担する人民のみならず、裁判を扱う現場でも死刑事件ともなれば長期化して拉致裁判加担者の負担が増えるのが避けられないからという理由で、求刑段階で死刑を回避しようとする姿勢も見えてしまいます。
 上記のような実例が厳然と存在する以上は、弁護人の立場からすれば、裁かれる当事者が否認した方が仮に有罪になっても死刑回避に有利だとなれば、依頼者に否認を薦めるべきという方向に進むのは当然です。現在沼津で行われているはずだった2人強盗殺人事件の全面否認裁判も証拠調べの都合で延期されています。これは真相解明や犯罪被害者尊厳回復とは別の問題になるしかないのは致し方なく、これが刑事裁判の限界であるという社会的共通認識がなければ、刑事裁判の原則を突き崩して野蛮な裁判を実施する社会にするしかなくなります。即ち、日本帝國主義社会に刑事裁判に対する根本的に誤った共通認識があるからこそ、冤罪を多数生み出してでも怪しい人間を刑務所に収容するのが社会の秩序維持にとって重要である、といった考え方を容認することにつながるのです。こんな社会において刑事裁判についての正しい認識を持たない人民を裁判に加担させるほど恐ろしいことはありません。西側帝國主義体制のみならず、日本帝國主義体制が人権弾圧国家と糾弾する国家群からも「野蛮な刑事裁判が行われる日本に身柄を引渡すことはできない」と糾弾されるのは致し方ないとなるのです。

 なお、日本帝國主義体制下での新たな蛮行政治糾弾ページを作成しました。人民拉致裁判制度(裁判員制度)糾弾世界的圧力喚起はこちらのページで徹底的に続けます。さらに、過疎地切捨て定数変更糾弾(反一人一票実現国民会議)日本帝國JAL・JR西日本・JR東海不買運動環太平洋帝國主義侵略的経済連携協定(TPP)参加阻止運動人民抹殺ボタン(共通番号・マイナンバー)制度導入阻止運動原発全廃実現運動拉致失踪合法化・対米追従売国法廃止運動集団的世界侵略権(集団的自衛権)再禁止実現運動日本国憲法破壊策動糾弾運動人民搾取税糾弾運動も継続します。

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