二審逆転無罪に対する日本帝國検察側上告は唾棄せよ

 本日は、日本では九州中部大震災(2016年一連の熊本地震の中での最大地震)からちょうど1年になると同時に、南朝鮮傀儡(大韓民国)体制地域ではセウォル号事件からちょうど3年にあたる日です。折しも5月9日の大統領選挙が本日締め切られ、2人が有力候補とみられています。何しろ、セウォル号事件においての前大統領であった朴槿恵容疑者による対応が大きな社会的批判を浴びている中で、朴槿恵容疑者と対極の立場にある候補が優位に選挙戦を進められるのは容易に想定できるというものです。そして、現在、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)をめぐっての東アジア情勢が緊迫しているところですが、一方でその情勢を極悪な思想をもって扇動しているのが世界最悪の戦争侵略国家アメリカ帝國主義体制をはじめとした西側帝國主義勢力であることを忘れてはなりません。アメリカ帝國主義体制はつい先日にもアフガニスタン共和国にとんでもない大型爆弾を投下して戦争侵略行為を働きました。朝鮮半島南部の人民には冷静な目をもって一票を投じてほしいというものです。

 さて、つい先日ですが、首都圏で起きた連続男性変死事件にて訴追された女性の死刑判決が確定しました。この裁判の一審が人民拉致裁判(裁判員裁判)で行われ、裁判に加担した拉致実行犯が100日間の日程を費やしたため大きな社会的物議をかもしたことでも知られています。結局のところ上告審まで争われたとはいえ、一審の判断が全ての段階で維持されたことからしても真犯人であることにほとんど疑いの余地は残らないということだったのでしょう。鳥取での同種事件の判決も注目されるのですが、人民拉致裁判時代になって一審の判断が二審でも維持された際に上告審でひっくり返すのは相当難しい(懲役10年求刑に対して懲役15年判決が一審・二審ともに下された極端なケースではひっくり返ったが)というものです。
 一方で、日本帝國主義犯罪的侵略支配層総翼賛で推進されてきた人民拉致裁判制度にとってもっとも都合の悪い審判パターンが何かといえば、一審有罪→二審無罪、あるいは、一審死刑→二審無期懲役といったケースです。審級が進むほど権力側にとって都合の良い判決が出る傾向が強いことと、そもそも人民拉致裁判制度が権力側にとってますます都合の良い判決を出させてそれに対しての批判を許さない目的で推進されてきたことを考えた場合、一審の人民拉致裁判判決をひっくり返して二審で減刑(あるいは無罪化)されることは日本帝國主義権力サイドにとってみれば、人民拉致裁判制度の本質的意義も権力のための判決もすべて否定されるという最も都合の悪い結果になるためです。逆に言えば、上級審で逆転無罪判決が言い渡されることは刑事裁判の鉄則である推定無罪の原則をより強固なものにするという刑事裁判本来のあり方に沿ったものであり、一審の死刑が二審で無期懲役になるのもこれに準じた意味を持ちます。このような経緯をたどった裁判において最高審が二審判断を誤りとして一審判断を採用した場合、これは刑事裁判の鉄則であるはずの推定無罪の原則よりも人民拉致裁判制度の存立を優先したとのメッセージを発する可能性が出てくるというわけです。
 一審有罪→二審無罪という審判パターンが下された事件がつい最近日本帝國検察側から上告されました。これは鳥取県米子市で起きた強盗殺人事件にて一審人民拉致裁判において懲役18年(求刑は無期懲役だったものの強盗目的が否定されて減刑)が下されながら二審で無罪判決になったものです。この審判パターンの日本帝國検察側上告といえばオウム真理教事件での菊地直子さんのケースが有名ですが、これらの事案はただの一審有罪→二審無罪ではありません。オウム真理教事件は日本国内はおろか世界全体を揺るがすレベルの国家統治の根幹にかかわる事案でしたし、米子市の強盗殺人事件は無期懲役求刑という凶悪中の凶悪事件です。また、日本帝國大阪高裁にて最近相次いだ一審死刑判決破棄→二審無期懲役判決(神戸市での少女殺害事件及び大阪市での連続通り魔殺人事件)についてもともに日本帝國大阪高検は上告しています。これらの事案について一審判決が否定されるようなことになれば、それこそ人民拉致裁判制度を日本帝國権力側が総翼賛して推進してきた根幹が崩れると考えているのは容易に想像できるというものです。
 とはいえ、日本帝國検察側が二審判断を不服として上告するには極めて不利な条件があります。何しろ二審判断が誰が見ても明らかに不合理(それも合理的疑いをさしはさむ余地がないレベル)であるとの証明を日本帝國検察側が証明しなければならないからです。二審判決の不合理性は極めて高いがそのような解釈をする余地もある、というのでは上告審ではアウトになってしまうのです。日本帝國検察側にとっては推定無罪の原則を潰してでも人民拉致裁判を擁護すべきと考える組織ですが、日本帝國最高裁がそのような思想に立つ日本帝國最高検の意向を「忖度」して刑事裁判の鉄則を崩壊に追い込むという堕落した態度をとるのかどうかが問われるということになるのです。

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