軍事裁判を考える(2=理念)

 日本列島に台風が接近しているということもあり、毎年この時期は広島・長崎に出向いているのですが、とりわけ当初の行程の予定をいろいろ考えなおす必要が出てくる可能性も出ています。今年は九州北部といえば大規模豪雨による被害が出ていることもあり、まず目的地にたどり着けるのかどうかが大きな問題になりますし、早い時間での対応も必要になってきます。また、一般道路を徒歩で歩く際にも十分な注意する必要も出てきます。そして何より、大雨での大きな被害にならないことを祈ってやみません。

 さて、人民拉致裁判制度(裁判員制度)とも絡む問題として軍事裁判と刑事裁判との違いについて考えるシリーズを続けますが、これ以降は一般的に言われる狭い意味での軍事裁判というよりも、もっと広い意味で軍事裁判を考えることから論じていきたいと思います。刑事裁判の理念が冤罪防止、即ち、国家の組織的・暴力的訴追から最大限個人の人権を護ることにあるのと対極にある裁判システム、即ち、国家体制を維持するためには個人の人権がいかに蹂躙されてもかまわない裁判システムを軍事裁判と位置付けた場合、日本帝國主義社会に刑事裁判の理念がそもそも社会的合意として存在したのか?という観点が重要になります。明治時代に入っての日本帝國主義社会の近代化とともに刑事裁判のシステムも構築された歴史もありますが、その際に民主主義の理念が十分に浸透していない社会だったがゆえに刑事裁判の近代化はトップダウン方式で構築されていきました。そして、明治以前ではむしろ裁判は民主的な手続により行われていたものが、明治時代の近代化以降、刑事裁判の理念に見合ったシステムにすべく、逆に民主的手続から独立させる方向性に進んできた経緯があったのです。
 刑事裁判の理念を実現すべく、裁判は逆に民意から遠ざける方がよいという性格が日本社会には根本的に存在したからこそ、明治時代に刑事裁判は職業裁判官だけで行う方式にしたという経緯があります。しかも、当時の日本社会に民主主義が十分浸透していなかったためにトップダウンという非民主的経緯によって決まったものですから、刑事裁判の理念についての共通合意が十分に社会で共有されていない現実があり、それは現在の日本帝國主義社会に大きく影響しています。これは、欧米西側帝國主義社会において、権力の裁判による人民弾圧が横行してそんな裁判から人民を護る目的で刑事裁判の民主化を勝ち取った歴史と真逆の経緯です。非民主的手法により、軍事裁判的な理念で行われた裁判を明治時代に刑事裁判の理念に見合ったシステムに改良したという経緯は、元々の日本社会に軍事裁判の理念に見合った裁判を求める風潮が根深く残っていることを露骨に表しています。だからこそ、日本帝國主義社会において社会全体の緊張が高まった際には軍事裁判の理念に見合った民衆裁判、即ち、刑事被告人の人権を制限する目的の裁判を求める悪弊がどうしても顔を覗かせるのです。大正・昭和戦争の時代にも陪審制度が実現した経緯がありますが、あくまでこれも刑事被告人の人権制限を目的とした民衆裁判を求める理念で導入されたものであり、当時は刑事被告人に陪審制度を逃れる権利があったがゆえに、刑事被告人の多くが民衆裁判を拒否していました。
 このような昭和戦争時の経緯があって、軍事裁判の理念で導入された陪審制度は事実上立ち消えになったのですが、そのような経緯を悪い意味で反省して強行導入したのが現在の人民拉致裁判制度です。昭和戦争時の陪審制度が大半の刑事被告人に拒否されたことから、今回の人民拉致裁判制度は刑事被告人に拒否権を認めないというシステムにされました。そのような軍事裁判の理念に、本来刑事被告人の権利を護るべき弁護士が加担した上で導入したのだから、弁護士は一体どこを向いて刑事裁判制度に対する姿勢を取っているのか?と疑問視されても仕方ありません。それも、導入経緯において日本帝國検察サイドや日本帝國裁判所サイドの方がむしろ消極姿勢だったのを率先して導入にのめりこんだのが日本帝國主義体制弁護士連合会でした。しかし、明治時期に、刑事裁判の理念を深化させる目的で民衆裁判から遠ざけるべく権力側がトップダウンで刑事裁判システムを構築した経緯を考えると、日本帝國検察庁や日本帝國裁判所など権力側の方が刑事裁判の理念を十分理解している日本帝國主義社会の構造も納得できる面があります。それは、逆に民間に近い日本帝國弁護士連合会の方が軍事裁判的裁判を導入すべく扇動してしまう日本帝國主義社会の構造的問題ともいえます。日本帝國弁護士連合会はアメリカ合衆国帝國主義体制的陪審制度を実現する目的でとの説明をしているのですが、本場アメリカ帝國主義社会での陪審制度が差別や偏見を容認する極悪判決を乱発している現実から十分目を向けていないのだから話になりません。
 アメリカ帝國主義社会にしても日本帝國主義社会にしても民衆裁判の実態が軍事裁判の理念に沿った中身になっているのは、やはり差別と偏見を社会で扇動する侵略体質があってなせる業です。そのような裁判で裁かれる刑事被告人の立場に立てば、弁護士までがこんな軍事裁判の理念に沿った裁判を推進する以上は信用できないと考えても至極自然です。その結果は、自分自身の尊厳と人権を護るには法律による権利主張を十分できないという理由により、自ら相応の手段を講じる以外にないと考えても仕方ありません。日本帝國仙台地裁での法廷襲撃案件や日本帝國大阪地裁本庁での人民拉致裁判への刃物持込事案がよく物語っていますが、この記事にも示されるように、「法廷に自暴自棄しか見いだせなかったという被告の供述もまた、重い。裁判はだれのためにあるのか、単なる危険物持ち込みよりも大きな問題をはらんでいる」原因を作ったのも、人民拉致裁判制度を支配層総翼賛にて不正行為を乱発して導入した日本帝國主義犯罪的侵略集団としか言いようがありません。

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