西側帝國主義的民主主義社会への世界的嘲笑世論を喚起しよう

 本日から5日間ですが、アメリカ合衆国帝國主義体制侵略軍と南朝鮮傀儡(大韓民国)軍との合同軍事演習が行われるとのことです。これは、表向きだけはいかにも対朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)牽制を最大目的にしているように見えますが、期間と時期を考えると、中華人民共和国共産党総大会に加えて、日本帝國主義体制衆議院総選挙期間中に何らかの動きがあれば地域の大混乱が起きるのは確実で、そのような事態を防ぐのが最大目的というべきでしょう。即ち、日本帝國主義体制の政治混乱を防ぐ目的ということで、これは悪質な内政干渉という構図にもなります。その意味では、朝鮮共和国とすればむしろこのようなテロ同然のアメリカ帝國主義体制・南朝鮮傀儡体制の通常ではない軍事演習の本性を見破った上で、何らかの行動に打って出ることが求められるということです。当然、日本人や日本社会として、米帝侵略軍や南朝鮮傀儡軍による地域緊張激化扇動に対する批判世論喚起が求められるのもいうまでもありません。

 さて、先週ですが、日本帝國主義体制経済団体連合会の事実上機関紙・日本経済新聞のコラムで、中国から西側帝國主義体制的民主主義について頭の痛い批判がされているとの内容の記事がありました。これは、10年前くらいに中国共産党内部で民主主義的に意志を決定しようとする方針について議論されながら、その議論が立ち消えになった経緯について記されていて、その反面教師になったのが当時毎年のようにトップが変わる日本帝國主義社会だったという件です。また、このコラムでは世界的に批判がされるドナルド・トランプ逆徒がアメリカ帝國主義体制トップに民主主義の手続を経て立った経緯も触れられていて、民主主義とは所詮こんなものだと唾棄されても仕方ない時代に入っているともいえます。ゆえに、独裁的権力者である習近平主席の中国体制で何が悪いのか?といわれても仕方ない側面も出るわけです。
 西側帝國主義的民主主義も決して人倫に見合った社会になるとは限らないのは、世界情勢を見ればよくわかるというものです。例えば、お隣の南朝鮮傀儡体制ではついに被告人となった朴槿恵逆徒が弁護士を全て解任するという事態になり「政治報復は私で最後にしてほしい」などと弱音を吐いたのですが、この社会では政治的左右勢力が常に拮抗した緊張状態にあり、一方の政治勢力が追い落とされたり、また復活した際に敗者に対する政治報復合戦に発展するのが普通の光景です。また、西側帝國主義的民主主義体制では多様な意見を尊重するという性格上、意見が多様すぎてまとまりがつかず、結局は何も決定できないという欠点が露呈される場合もあります。しかし、ナチス・ドイツ型の社会的強者による特大型暴力体質が民主主義の最も醜悪な形態であり、民主主義が暴力的に暴走すると誰も止めることができなくなるという意味で、人民が実力で止める方向に進むこともできる独裁主義体制以上に危険な体制であるともいえるのです。現にそのような暴力的民主主義の傾向がトランプ逆徒のアメリカ帝國主義社会をはじめとした西側帝國主義社会全体に広まっていることは言うまでもありません。
 アメリカ帝國主義体制が帝國主義国際連合の教育科学文化機関(UNESCO)から脱退を表明したのは周知の通りですが、それ以外にもイラン・イスラム共和国との核問題での合意について破棄をほのめかす発言もしています。このような傲慢極まりないアメリカ帝國主義体制の態度に世界的不信感が高まるのは言うまでもないのですが、肝心の日本帝國主義体制はといえば、単にアメリカ帝國主義体制に絶対服従体質を不治のガンのように抱え込んでいるだけでなく、UNESCOの件でいえば、南京大虐殺や慰安婦問題で日本帝國主義体制自ら脱退する可能性さえささやかれています。こんな態度を取ってしまえば、単なる日本帝國主義体制社会の靖國神社絶対擁護体質に対する世界的批判というのではなく、日米帝國主義体制の本質としての根深い他国侵略体質が世界的批判に晒されて当然となります。無論、現在の欧州帝國主義社会での相次ぐテロ・難民・分離独立扇動といった問題も併せて世界的批判に晒されて当然であり、このような西側帝國主義社会全体の本質的体質が世界的に問われるべき時代に入っているともいえるのです。
 このような時代だからこそ、人民拉致裁判制度(裁判員制度)に対する相応の手段も世界的批判に晒すという意味で効果を持ってくるともなります。何しろ、日本帝國主義犯罪的侵略支配層が「民主主義」云々を徹底的に扇動する形で推進されたのがこの政策です。いわば西側帝國主義侵略的民主主義の本性がこの政策の中に根深く蔓延しているというのが実態で、これに対する相応の手段は、西側帝國主義的民主主義の本質的反人権性を公正に暴き出す効果があるわけです。くしくも、現在の日本帝國主義体制衆議院総選挙で小池百合子逆徒のオウンゴール情勢により、やっぱりというべきか、「アベなのか、それともアベなのか、さもなくばアベなのか」の不毛な選択肢を迫られる情勢にありますが、そのような日本帝國主義社会を国際人権被告席に立たせるような活動が我々には必要である、ということでもあるのです。

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