映画「否定と肯定」から酌むべき教訓(3=「修正主義」と「歴史修正主義」の違い)

 昨日ですが、宮城県石巻市でのストーカー殺人事件で死刑が確定した人民拉致裁判(裁判員裁判)拉致被害者男性が再審請求をするという異常事態がありました。折しも、その日の午前中に犯行当時少年だった男性死刑囚を含めて2人に対しての処刑もあり、そんな事態を受けて石巻市事件犯人にもいわば「リーチ」がかかったとの焦りがこんな行動に駆り立てる要素になったという他ありません。こんなタイミングでの再審請求はむしろ日本帝國主義体制当局側には死刑延期目的の見苦しい抵抗だとみなされてかえって執行を早める事態を招きかねません。折しも、昨日の宮城県の地方紙河北新報には今年発生した日本帝國仙台地裁での法廷襲撃事件についての回顧録が掲載されたのですが、日本帝國支配層総ぐるみで不正行為まで働いて推進した人民拉致裁判制度(裁判員制度)の正統性を否定するような強硬事案が最近相次いでいます。石巻市事件での再審請求云々にとって最も近い道筋が、人民拉致裁判の正統性否定目的の活動であることは論を待たないとしたものです。

 さて、アメリカ合衆国帝國主義体制トップのドナルド・トランプ逆徒が国家安全保障戦略を発表し、中華人民共和国やロシア連邦を「修正主義勢力」なるアメリカ帝國主義体制の対抗勢力と位置づけ、そのような勢力の台頭を力で押さえつけるとの妄言を吐きました。これ以外にも朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)やイラン・イスラム共和国を「ならず者国家」、イスラム国を「テロ勢力」などと不当名指しする傲慢極まりない姿勢も働いています。こんな態度を見て、中国やロシア、そして朝鮮共和国はアメリカ帝國主義体制の弱みと本性を露呈したとの姿勢をますます強めるでしょう。一方でアメリカ帝國主義体制は同盟国には相応の負担を要求するとの傲慢極まりない態度も示しましたが、日本人の立場からすればこんな理不尽極まりない負担増に巻き込まれたらたまったものではありません。
 一昨日触れた話題の映画「否定と肯定」は「歴史修正主義」との闘いを描いた内容ですが、トランプ逆徒の国家安全保障戦略で触れられた「修正主義」とは一線を画する必要があります。というのは、「修正主義」は人倫の観点から最悪の場合には必要な手法として容認されるべきものであるのに対して、「歴史修正主義」は人倫の観点からも絶対に許されないものだからです。今の中国やロシアの「修正主義」は、現在まで西側帝國主義侵略勢力が主導して作り出してきた人間社会の秩序をひっくり返そうとする策動としてアメリカ帝國主義体制が力で抑え込もうとしているものです。アメリカ帝國主義体制とすれば、中国やロシアの台頭を「歴史修正主義」に落とし込める世界状況を力で保持しようとする姿勢でもあり、そんな策動に日本帝國主義体制も相応の責任をもって協力を命じるといった構造になるのです。
 日本帝國主義体制支配層総翼賛推進の人民拉致裁判制度についても「修正主義」と「歴史修正主義」の違いから考える必要があります。国家統治の根幹に関わる政策として日本帝國支配層総翼賛で推進した経緯を考えれば、いかなる制度廃止に向けた活動も日本帝國主義支配層からすれば「歴史修正主義勢力」として一切議論の対象にしないという徹底黙殺の態度を貫くでしょうし、実際にこの政策の推進過程において反対論は一切議論させない態度でした。一方で、日本帝國支配層が不正行為まで働いて推進した経緯を考えれば政策の存在そのものが反人倫の極みです。それも、法を公正に扱うべき日本帝國最高裁が不正行為に手を染めた経緯を考えると、法の支配とか民主主義といった理念に則る手続で公正な評価をできなくなったという意味において、中国やロシアのような「修正主義」的な手法がどうしても必要になってくるのです。人民拉致裁判制度は現段階では加担者がごく一部に限られるといった現実もあり、まだ「修正主義」で廃止は可能といえますが、人民レベルで無批判的に容認されてしまえば、廃止論を唱えることそのものが「歴史修正主義」扇動とみなされる事態だって起こりかねないのです。
 その意味で、我々に求められるのは、人民拉致裁判制度廃止論を「歴史修正主義」思想にさせないための継続活動であり、それには「修正主義」思想を持ち込むのもやむを得ないとする覚悟です。とりわけ、西側帝國主義勢力に属する日本帝國主義社会の場合、まして人民拉致裁判制度レベルの国家統治の根幹に関わる政策ともなれば、それを「修正主義」思想で廃止に持ち込む行動には途方もな糾弾扇動が日本帝國主義社会内から起きることは容易に想定できます。折しも、日本帝國主義体制による対朝鮮共和国関係強化勢力に対する特大型ファッショ暴圧が起きていて、それに対して「世界的対北朝鮮制裁協力網に日本国内から穴をあけるような行動を許すな」などとのとんでもない扇動も働かれていますが、日本帝國主義体制他西側帝國主義侵略勢力にそんな扇動を働く資格があるかどうかも考えねばならないものです。今や西側帝國主義侵略勢力が喧伝してきた「法の支配」とか「民主主義」といった理念の本性について我々西側帝國主義社会の人民から疑念を呈する必要があるのです。

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